激動の2007年が終わろうとしています
2007.12.28
今年も、もう暮れようとしています。この一年間、大変多くのことがありました。
篠田プラズマ本社の建設確認申請の許可が大幅に遅延して、前年の11月11日に起工式を行ったのに、建設が開始できない状況で今年が始まりました。結局2月まで許可が遅れ、本来建設納期である3月になって、工事が始まるという状況になってしまいました。結局竣工は6月になりました。富士通を退職する3月末には同時に新建設の本社に移転する予定でしたが、6月中旬に移転完了となりました。
初めて私が新社屋に出社したのは6月8日でした。社員全員が新しい社屋で集い、大変うれしく、晴れやかな1日でした。まだ、荷物が解けないその日に、神戸新聞の記者が「篠田さん、会社を興したと聞いて驚きました」といってインタビューに来てくれました。IEEEの受賞のために米国に出張に出る6月14日にあわせて、新聞に載せていただきました。
これを皮切りにして、新聞、テレビ、雑誌などマスコミの方には大変お世話になりました。おかげさまで、篠田プラズマの名前は多くの方に知っていただくことができました。最初は私が59歳で会社を興して、独立したことが話題となり、私のセカンドライフとして紹介されました。
マスコミの方々が、わが社の本来のプラズマチューブアレイ(PTA)を取り上げてくれるようになったのは、CEATECでの初披露後です。あの時は、1,000人の御来場者の前で、PTAにテレビ映像を映しながらフレキシブルで薄いということが分かるように表示部をゆすって見せました。1mmのフィルムに映像が映っていましたので、会場から驚きの声が上がりました。と、同時に、たくさんのフラッシュがたかれました。これを目の当たりにして、PTAの開発は間違っていなかったと確信するとともに、これが社会に求められているものであることも確信しました。
この後、日経BPのTech-onで取り上げられ、ランキング1位になったことは大きな自信になっています。
続いて、10月26日には竣工式典を執り行いました。
初めての記者会見、1m×2m(対角86型)PTAの展示会、工場披露、さらには100名を超える来賓の方々を迎えての式典など、篠田プラズマの初めての公式行事も無事終わりました。
こんな小さな会社が産声を上げて、皆様に支えられて、会社と社員が少しずつ成長していく様子が手にとるように見えます。正直なところ、会社システムの構築、本社工場建設、開発と試作、資金獲得、人材の確保、顧客開拓、パートナー探しなど、どれをとっても、息の抜けない難問だらけでした。社員一同が、昼夜を問わず働き、しかしノミュケーションを怠らず、一丸となって必死でこの一年を過ごしました。苦しみが大きいほどそれに比例して喜びがあると信念をもって突っ走りました。
このようにして、何とか、無事年末を迎えました。今から見れば、大変充実した1年でした。来年は、さらに激動が続くでしょう。しかし、多くの企業様、関連機関様の御支援がありますので、今年よりはしっかりした基盤の上で走れます。来年はいよいよ製品化の年ですので大きく飛躍できるでしょう。
実は、私は子年です。ちょうど、還暦を向かえ新たな出発です。
今年1年お世話になった皆様、大変有難うございました。篠田プラズマは来年さらに、飛躍します。世界のディスプレイ産業を支えるような、大きなPTAに育ててみせます。ぜひ更なる御支援と御指導をよろしくお願いします。
(技術は愛)